2014年10月20日

「自然」について(その3) 人の居場所

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 人類にとって、自然は不可欠です。水も空気も土も、人為の介入なしに存在している存在、すなわち自然であり、いずれも人類にとって無くてはならないものです。
 しかし、ただ自然なだけでは生きづらくてかないません。不可欠なものとは言え、ただ存在していれば良いという訳ではありません。生き易いように身の周りを整える事を、人類は古より続けて来た訳です。いや、これは動物ならば多くの種がする事です。巣を作るという事は、生き易いように身の周りを整える作業の一つです。
 生き易いように。

 身を守る為に、と言っても良いでしょう。自然は、生きる為に不可欠な要素を備えていると同時に、脅威でもあります。どうしても、身を守る必要があります。
 身を守る為に、多くの動物は身の周りの環境を変えるのです。ただ、人の場合は、その規模が桁違いに大きいのです。知恵と力で以って、人類は文明を形成しました。
 そこにおいては、当然の如く身は守られます。いや、身が守られて当然という建前である、と言った方が良いでしょう。だから、水害や熊の出没などは忌み嫌われ、このような事が無いように対策が取られます。
 このような事とは、計画外の事です。文明社会において、人は、全てを計画・管理しようとします。計画・管理を徹底しようとした結果が文明社会である、と言うべきかも知れませんが。いずれにせよ、計画・管理できないものは排除しようとします。実際、すでに高い程度で成功していますね。

 私達は日常生活で、自然の脅威を感じずに済んでいます。見事に、文明という名の結界を形成しており、自然(脅威)を排除しています。水などの、生きるに必要な自然の要素は、計画・管理の上で結界に引き込みますから、もはや自然ではないです。人為が介入していますからね。結界の内側に、自然はありません。
 しかし、その結界も地震や台風の時などには、破られる事があります。すると今度は、こうした天災にすら破られない結界を私達は望み、実際に結界の強化を図ります。文明の発達とは、こうして結界を強化し、同時に拡大する事である、と私は解釈しています。まだまだ、文明は発達し続けるでしょう。これは自然が、さらに排除されるようになる、という意味ですが。

posted by 松尾宗弘 at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識(論?) | 更新情報をチェックする
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