2021年10月17日

大将軍神社

大将軍神社1.jpg
幹線道路の南側の
レンコン畑の中に
鳥居が見える。
近づいてみれば
小さな神社だ。
近くには
高速道路も通っている。
こういうい神社は
あまり見ない。

大将軍神社2.jpg
神社の規模に応じてか、
狛犬は小さい。

その狛犬(阿形)の台座には、
「日支事変」
の文字が彫られている。
大将軍神社3.jpg

そして吽形の台座には、
「昭和拾七年拾月吉日」
「従軍紀念」
の文字が彫られている。
大将軍神社4.jpg
 
大将軍神社5.jpg
おや?
と思った。

真珠湾攻撃は、昭和16年12月。
昭和17年は、初めは日本軍の快進撃で、マニラやシンガポールを占領するなどしたが、6月にはミッドウェー海戦で惨敗し、8月からはガダルカナル島での苦戦が続く(国民に真実は伝えられなかったが)。そういう年だった。

その昭和17年の10月に完成した(と思われる)狛犬。
その台座に「日支事変」……これは昭和12年7月の盧溝橋事件に始まった争いである。

「支」との戦いが終わらぬまま、日本は米国とも戦い始めた。
そして、どちらの戦いも(いや、多方面での戦いが)、昭和20年8月まで続く。

だから、この土地の人が昭和17年に戦地に赴く時、少なからず「支」方面に向かった事であろう。「日支事変」と刻んで武運を祈ったのは、なにも不思議ではない。

「太平洋」戦争とは、
後から付けられた呼称であり、
アジア方面での戦いを
無視する呼称である。
当然ながら、当時の人々の
感覚に合う筈もない。
それを思うと、
不適切な呼称であると
改めて認識させられた。

仕事柄、歴史について話す機会もある。
折を見て、こんな事も話題にしたい。 .
.
.
それとも、真珠湾攻撃の頃には、もう「日支事変」と彫ってあったのだろうか?

posted by 松尾宗弘 at 03:24| Comment(0) | 仕事 | 更新情報をチェックする
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