2016年03月17日

上手に整理するコツ

(以下は、2004年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 「哲学って、どんな学問なんですか」
と、幾度か訊かれた事があります。中学生に。「それを問うこと自体が哲学だ」とも言うらしいのですが、これでは中学生は、たまったものではありますまい。立場上、丁寧にお答え申し上げました。

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2016年02月22日

田舎の人

(以下は、2006年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 素朴な作品、素朴な味、素朴な人……。
 そういうものは、
 相当の技量を伴わずしては、
 あり得ないのである。

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2016年01月28日

技巧と技術

(以下は、2006年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 技巧と技術は、似て非なるもの。
 下手に技巧に頼らず、
 的確な技術で真正直に取り組んでこそ、
 素朴であると言うべきだろう。

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2016年01月11日

素朴ということ

(以下は、2006年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 素朴という事は、
 無思慮や不躾という事や
 基礎が無いという事とは大違い。
 また、雑なのでもなく、
 程度が低いのでもない。

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2014年11月14日

文明人(その3) 文明と教育

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 ところで私は、“世の中の約束事”において、「教育とは、子供に世の中の様々な約束事を身に付けさせ、社会生活で困らないようにしてやる事だ」との旨を述べました。しかし教育の目的は、それだけではないでしょう。

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2014年11月06日

文明人(その2) 文明と自殺

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

「自然」について(その3) 人の居場所
および
文明人(その1) 文明的ストレス
をお読みの上、本文に進んでください。

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2014年10月29日

文明人(その1) 文明的ストレス

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 その昔、まだ人類が、文明をもたなかった頃、常に自然という脅威にさらされていました。猛獣に出くわす事も度々あったでしょう。足を踏み外せば命を落とすような所を歩く事も多かったでしょう。
 とにかく、危機に直面する頻度は、現代人とは比べ物にならなかったはずです。
 ところで、危機に直面したとき、ヒトの体にはどのような生理反応が起きるか?

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posted by 松尾宗弘 at 13:22| 認識(論?) | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

「自然」について(その3) 人の居場所

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 人類にとって、自然は不可欠です。水も空気も土も、人為の介入なしに存在している存在、すなわち自然であり、いずれも人類にとって無くてはならないものです。
 しかし、ただ自然なだけでは生きづらくてかないません。不可欠なものとは言え、ただ存在していれば良いという訳ではありません。生き易いように身の周りを整える事を、人類は古より続けて来た訳です。いや、これは動物ならば多くの種がする事です。巣を作るという事は、生き易いように身の周りを整える作業の一つです。
 生き易いように。

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2014年10月13日

「自然」について(その2) 自然とは?

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

「自然」という言葉について。
 私がいつも使っている辞書によりますと、真っ先に哲学用語として、
人為によらず存在する物や現象。人やものの本質。
と、説明されています。そして数項目先に、
ひとりでにそうなるさま。
とあります。

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2014年10月07日

「自然」について(その1) 自然は、いいね!

(以下は、2005年に別のブログに書いたものを加筆・修正した文章です。)

 人間が信用するものは、人間が作ったものだけ。
 全て、自分達で管理可能なものだけ。
 管理不能なもの、すなわち自然を、実は我々は避けている。あるいは、拒否している。

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2014年04月25日

脳は永遠に謎

(これは、2005年に別のブログに書いた文章を加筆・修正したものです。)

 アルベルト・アインシュタインは言った。
科学研究とは、
人間の行動も含めた全ての出来事が
自然法則によって決定されている
という仮定に基づいているのです。

 全ての謎を解きたがり、全てを予測したがる。これは、人間の(少なくとも文明人の)性質なのではないか、と思われる。この性質が、科学の原動力なのだろう。

 しかし、エマソン・ピューは言う。
もし私に脳を理解できるほど複雑な
頭脳があったなら、まさにそれゆえに
私は脳を理解できないだろう。


 どんなに謎を解いても、どんなに予測能力を上げても、最後に、自らの脳が超えられぬ壁として立ちはだかるという事か……。
posted by 松尾宗弘 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識(論?) | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

すごい人

(これは、2005年に別のブログに書いた文章を加筆・修正したものです。)

 人は、己の理解力を超えるものを、理解しない。
 当たり前だ。こんな文が無意味であるほど、当たり前だ。だから、自分よりもはるかに優れた人物が居ても、これを正当に評価する事など出来ない。大人物を理解し、評価するには、それなりの大人物が必要である。
 しかし、大人物はなかなか現れないし、それなりの大人物もまた、そうそう現れるものではない。

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posted by 松尾宗弘 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識(論?) | 更新情報をチェックする